「センターピン理論」というビジネス造語を聞くことがあります。ボウリングで一番前に立っているピンをセンターピンと呼び、それになぞらえ、事業においてもフォーカススべきポイントを見定め、それを狙え、という話です。
言いたいことはわかりますが、ボウリング競技者からするとこれは完全に間違っています。それについて解説します。
センターピンという言葉はない
そもそも、ボウリングでセンターピンという言葉は使われません。ボウリングの先頭のピンは、ヘッドピン、もしくは1番ピンと呼ばれます。
ちなみに、ボウリングのピン位置には番号が振られており、1番ピンの左後ろが2番ピン、そこから後ろに数えて行き、一番右奥のピンが10番ピン(テンピン)です。
競技者は「ポケット」を狙う
センターピン理論は、先頭のピンを倒さないとストライクは出ないのでそれを狙え、という理屈ですが、ヘッドピンだけに当ててもストライクは出ません。むしろヘッドピンのみにボールがヒットすることは「ノーズヒット」と言われ、競技者は忌み嫌います。ノーズヒットの場合ストライクが出づらいどころか、スプリットが出やすく、スペアすら取れないリスクが高まるからです。
ではどこを狙うか。これは「ポケット」を狙うのがセオリーです。右投げの場合、1番ピンとその右隣りの3番ピンの真ん中がポケットと呼ばれます。つまり、1番と3番に同時にボールをヒットさせるということです。それにより10本のピン全体にボールの力が伝わり、ピン同士の絡みも良く、ストライクが出やすいということです。
忌まわしき逆ポケット
ちなみに、逆サイドのポケット、右投げの場合1番2番の間は「逆ポケット」や「ブルックリン」などと呼ばれます。ここに当ててストライクが出ることもあるのですが、そこでストライクを取ることは競技的には良いことだとされていません。
正しいポケットのほうがストライクが出る確率が高く、競技者は皆そちらを狙うため、逆側に行くのは大失投です。失投なのにストライクが出てしまうのはラッキーであって実力ではないというのがその理由です。
正しいポケットのほうがボールがピン全体の中央に向かう軌道となるため、ボールの力がピン全体に均等に伝わりやすくストライクになりやすい。その反面、逆ポケットはボールの力が逸れ、ピン同士の絡みに期待した運頼りのストライクとなる。そのため、正しいポケットのほうがストライクが出る確率が高いのです。
ボウリングのピンは案外重く、1本で1.6kg程度あります。10本合わせると16kgです。それに対してボウリングのボールは競技者がよく使う15ポンドのボールでも6.8kgしかないため、ボールの力をピン全体に伝えることは大事なのです。
プロの競技でも逆ポケットでストライクが出ることはありますが、そういう時プロは恥ずかしそうな、バツの悪そうなリアクションを取ります。それは上記のような理由です。
パーフェクトストライク理論
ボウリング界に「センターピン理論」はありませんが、その代わり「パーフェクトストライク理論」という嘘みたいな名前の、しかし競技者なら誰でも知っている理論があります。
これは「ポケットの真ん中に入射角3〜6度でボールがヒットすると必ずストライクが出る」という理論です。本当に必ず出るのかはわからないのですが、まことしやかに言われていて、ストライクが出やすいのは確かです。
「ポケットの真ん中」にも厳密な定義があって、これは「板目17.5枚目」です。「いため17.5まいめ」と読みます。ボウリングのレーンは1インチ(2.54cm)幅の細長い木の板を39枚貼り合わせて作られていました。今はプラスチックで作られることが多いのですが、その名残で38本の線がレーン上に書かれています。競技上、狙いをつけるために大事なガイドとして使われているので、それが無いと競技性も変わってしまうからです。一番右が1枚目で、ヘッドピンが置かれている中央の板目が20枚目です。パーフェクトストライク理論の目指す17.5枚目は、中央より右側、1番ピンと3番ピンの丁度間の板目です。
「入射角3〜6度」はだいぶ小さい角度に感じるかもしれません。しかしこの角度を出すのは大変です。競技選手がこれでもかとボールを曲げているのは、決して曲芸ではなく、この入射角を達成するためです。ボールのピン全体への食い込みを向上させて、ストライクを出しやすくしているのです。
レーンはとても細長い
ちなみに、ボウリングのレーンは意外にかなり細長いです。レーンの幅は約1mで奥行きは18mです。なんと、1:18の長方形です。18mは野球の投手から打者までの距離とほぼ同じです。なので、プロ選手のボールがすごく曲がっているように見えても5度前後の入射角しかないのです。多くの人はそんなに遠いとは感じていなかったでしょう。そのように、現実と感覚のギャップに騙されてしまうところが、ボウリングの難しさと奥深さの一つです。
ですので、競技者は遠い一番奥の17.5枚目を直接狙ったりしません。手前を狙い、最終的にポケットに届くラインをイメージして投げるのです。狙うのは手前の三角のマークの「スパット」や、そのさらに手前の「ドット」などです。ボールがよく曲がる選手だと、ボールが曲がり始める「フッキングポイント」を狙う選手もいるようです。
何にせよ「スパットでは12枚目を通して、フッキングポイントでは7枚目くらいまで出して、そこから曲げてポケットに持っていく」のように、ボールがレーン上を通るラインのイメージを頭に描いて競技者は投球するのです。
「薄め」を狙うストライク理論
ストライク理論も変化してきており、特にボールの威力が強くて良く曲がるプレイヤーは17.5枚目より薄めを狙うこともあるようです。「薄め」というのは、具体的には15~16枚目で、1番ピンと3番ピンのど真ん中よりは少し右側です。15枚目ともなると、位置的には3番ピンのほぼ正面で、1番ピンにカスるまでは行きませんが、それに近い当たり方です。
これは、薄めを狙いながらもボールの入射角と威力でカバーしてストライク率を確保しようとしています。なぜかというと、回転数が多いボールは威力が高くストライクが出やすいのですが、反面「レーンの変化の影響を受けやすい」というデメリットがあるからです。
ボウリングのレーンにはオイルが塗られていますが、試合が進むに連れてボールに削り取られたり自然乾燥などで薄くなっていきます。そうするとボールの勢いが死にやすく、曲がりやすくなります。こういう変化を「レーンが遅くなる」と言います。
競技者はレーンの変化を感じ、予測しながら投球をします。しかしレーンの変化が早く、思っていたよりも曲がってしまうことはよくあります。17.5枚目を狙っていたものの、思ったよりも曲がって19~20枚目で1番ピンに当たってしまうと悲劇です。これは冒頭で述べたノーズヒットで、スプリットが出やすいのです。
ですので、基本的には15~16枚目を狙い、思ったより曲がりが出ても17~18枚目のポケットに収まるように投げる。それでレーンが遅くなってきたらまた薄めを狙い直すのが、トータルでストライクが出やすく、スプリットのような事故も起こりづらい。このように多少ミスをしてもストライクが出やすいように投球をマネジメントすることを「幅を持たせる」と言います。
つまり、今の最先端の競技者は、昔よりも「センターピン」を狙わないようになってきてもいるのです。
2投目の狙い方
1投目では1番と3番ピンの間のポケットに当ててストライクを狙うのがセオリーだと言いましたが、2投目で複数ピンのスペアを狙う場合はピンの間を狙うのではなく、残ったピンの中で一番前のピンを狙うのがセオリーです。ピンが少ない場合はそちらのほうが確実だからです。
ですので、この場合においては一番前を狙うセンターピン理論は正しいかもしれません。しかし、この時の先頭のピンは「キーピン」と呼ばれ、センターピンという言葉は決して使われません。
まとめ
やはりお前らのセンターピン理論は間違っている。
ところで、ボウリングのスコア計算はプログラミングの手習いの課題としてしばしば使われますが、実はよく知られている計算方法の他にも計算方法があるのをご存知でしょうか?この記事に反響があればそれについても書くかもしれません。